横浜関内のさくらWORKSで「齋藤孝さんを囲む会 ~95歳の海のプロデューサーに聞く〜横浜どんたく・戦争体験と横浜の未来~」が開催され私はコメンテーターとしてお手伝いさせて頂きました。
齋藤孝さんのご紹介

以下ヨコハマ経済新聞の記事より。齋藤孝さんは横浜市在住の95歳。1981年開催の現在の「横浜開港祭」の前身にあたるイベント「国際デープレ横浜どんたく」のプロデューサーを務め、以来「海のプロデューサー」として数多くの文化・観光イベントを手がけてきた地域文化の第一人者です。
貴重な被爆体験を語って頂きました。

被爆体験のパートでは横濱未来堂・ピースデイヨコハマを主催する菅谷さんを聞き手に進行しました。事前に東海大学での講演資料に目を通させて頂きましたが、齋藤さんは原爆のことを「ピカ・ズル・ドン」なのだ」と表現されていたのが印象的でした。
「ピカ・ズル・ドン」
私は確か小学生の頃原爆のことを「ピカドン」と読んでいた、と聞いた記憶がありました。齋藤さんがおっしゃるには「ピカ・ズル・ドン」でピカっと光った後に灼熱で皮膚がズルッと垂れ落ちる過程が「ズル」なのだそうです。実に恐ろしいとおもいました。話は私の担当する方に移り、横浜開港祭の話になりました。
横浜開港祭

現在の開港祭の前進となる「横浜どんたく」では、当初港で開催しない予定で進んでいたところを齋藤さんが、「港のお祭りなのに海側で開催しないのはおかしい」と提案し、今の形になったお話をお聴きしました。以来プロデューサー的な役割を担ってこられたそうです。
横浜青年会議所に対する期待
市民が楽しめるようヨットを一艇でも持っていて欲しい、とおっしゃってました。
世界平和を願って
最後に齋藤さんからのメッセージを。「どうして小さな地球の中で平和が実現できないのか?国際的な研究ではどのような研究がされているのか?国連の役目とは?それを今の若者に真剣に考えて欲しい」
おわり

